金材技研における1GHz級NMRマグネットの開発

金材技研:○和田 仁、木吉 司、 井上 廉、佐藤明男、青木晴善



1.はじめに

 金属材料技術研究所強磁場ステーションでは、超伝導材料研究マルチコアプロジェクトの一環として、1GHz級NMRマグネットの開発を進めている。このマグネットは金属系外層マグネットに酸化物系内層マグネットを組み込んで、プロトンの共鳴周波数1 GHzに相当する中心磁場23.5 Tを実現する計画である。この研究を通して酸化物系超伝導材料による強磁場発生の可能性を実証し、さらに、開発したマグネットをタンパク質構造解析など高度なNMR測定のためのツールとすることを目的としている。本講演では1GHz級NMRマグネットの全体計画とそれを達成するための各種R&Dについて報告する。

2.全体システム

 図1に現在計画している1GHz級NMRマグネット本体の断面模式図を示す。現在の酸化物コイルの作製技術と金属系超伝導導体の強磁場特性を考慮し、金属系外層マグネットで21.1 T(プロトンの共鳴周波数900 MHzに対応)、酸化物系内層マグネットで2.4 Tを発生する設計とした。金属系外層マグネットは発生磁場の向上のため、加圧超流動ヘリウムで冷却される。酸化物系内層マグネットは将来のコイル作製技術の進展に対応して交換できるように、金属系外層マグネットとは別のチャンバーに設置され、液体ヘリウム中で運転される。表1に本マグネットの目標とする仕様を示す。

図1 1GHz級NMRマグネット本体の断面模式図

表1 1GHz級NMRマグネットの開発目標
発生磁場
23.5 T
室温ボア
φ51 mm以上
磁場均一度

(超伝導シム使用時)

0.1 ppm

(φ10 mm×20 mm円筒内)
磁場安定度
0.01 ppm/h
液体ヘリウム消費量
750リットル/月
液体窒素消費量
450リットル/週

3.金属系外層マグネット

 金属系外層マグネットと酸化物系内層マグネットの設計例を図2に示す。この場合で、蓄積エネルギーは約50 MJとなる。金属系外層マグネットには高占積率でクエンチに対する安定性の高い平角導体を使用する。

高臨界電流Nb3Sn導体の開発 金属系外層マグネットの最内層コイルには、強磁場での臨界電流密度が高く、かつ大容量のモノリス導体の開発が必要となる。これまでの研究で、21 T、1.8 Kで臨界電流値625 A、導体電流密度102 A/mm2、n値48の導体の実用規模での試作に成功しており、最内層導体の要求する性能をほぼ達成した。

高耐力導体の開発 中磁場領域のコイルでは、クエンチのような過渡的な挙動も含めて、導体に加わるフープ力への対策が、マグネットの小型化の達成に重要となる。このため、Taを補強材とする高耐力Nb3Sn導体および絶縁後に冷間加工を行う実用規模の高耐力NbTi導体の試作を行い、それぞれ4.2 Kでの0.2%耐力として305および402 MPaを達成した。

マグネットの保護技術 本マグネットは加圧超流動ヘリウムで冷却される内部保護抵抗方式のマグネットとしては従来に比べて格段に大きな蓄積エネルギーを有しており、クエンチ時の挙動を正確に把握することが特に重要である。現在までの研究において、4.2 Kと1.8 Kのクエンチ時の挙動を実験的に比較し、1.8 Kでのクエンチが単純に4.2 Kのシミュレーションから類推できないことを見いだした。

図2 コイル巻線部の断面計画図

4.酸化物系内層マグネット
 
酸化物系内層マグネットは本マグネット開発の主目的であり、また既存技術からの大きな飛躍が要求される研究領域である。研究は大きく2つの項目について行われている。

コイル電流密度の向上・コイルの大型化 21.1 Tのバックアップ磁場中で2.4 Tを発生するコイルを開発する。これまでに外径44.5 mmのコイルについて、酸化物系内層マグネットで必要となるコイル電流密度70 A/mm2を大幅に越える125 A/mm2が得られることを確認した。今後はコイルの大型化に取り組み、熱処理の不均一性およびフープ力の問題を克服する必要がある。

永久電流モード NMRコイルへの応用のためには、酸化物コイルでは未知の永久電流モード運転という課題に取り組むことが必要である。これまでのところ、小型のコイルでは、永久電流スイッチとの接続部を含んだ閉回路においてNMRコイルで要求される0.1 nΩ以下の回路抵抗を得ることに成功している。しかし、酸化物コイルの場合、コイルサイズの増加が回路抵抗の増加を伴うことが予想され、臨界電流密度とn値のさらなる向上が必要である。

5.クライオスタット

 本マグネットはNMR測定に使用されることから、1年以上の連続運転を想定した、冷媒の消費量の少ないクライオスタットの開発が必要となる。さらに液体ヘリウムの補給等の外的擾乱に対して、加圧超流動ヘリウム槽の温度を一定に保つ必要がある。これまでのところ、加圧超流動ヘリウム槽の温度の変動を10 mK以下に抑え得ることを実証するとともに、加圧超流動ヘリウム槽の安全弁のクリアランスと熱負荷の関係についてクライオスタット設計のためのデータを取得した。

6.おわりに

本マグネットの製作は平成9年度から本格的に開始し、平成12年度末の完成を目標としている。本マグネットは理化学研究所の「タンパク質基本構造全解明計画」で導入される予定の1GHz級NMR装置のプロトタイプ機の位置付けであるとともに、物質・材料、生体・医学の分野のNMR測定に大きな飛躍をもたらすと期待されている。